福岡高等裁判所 平成3年(う)37号 判決 1992年10月29日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、被告人らの連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人吉田孝美、同岡村正淳共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
第一 控訴趣意書第三点(弁護人の主張に対する判断遺脱及び理由不備の主張)について
所論は、要するに、原判決は、被告人らがまき網で「いさき」を採捕することが禁止されていることについて何ら論証していないから、原判決には、弁護人の主張に対する判断遺脱及び理由不備の違法がある、というのである。
しかしながら、原判決は、「弁護人らの主張に対する判断」の二項及び三項において、中型まき網漁業に対する法的規制の概要、大分県における中型まき網漁業の許可の実情、組合などに対する指導状況等、中型まき網漁業の許可に関する四国・九州(沖縄県を除く)各県の状況、被告人小畑〓太郎(以下「被告人〓太郎」という)が本件犯行当時有していた中型まき網漁業の許可を大分県知事から受けた経緯について順次検討したうえで、被告人らが本件において「いさき」(「うどご」を含む、以下同じ)を採捕した当時、被告人〓太郎に与えられていた中型まき網漁業の許可(以下「本件漁業許可」という)は、大分県知事が、「同被告人から前記大分県告示に基づいて『いわし、あじ、さば』の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可申請がなされたのに対してそれを許可することとしたもので、……魚種を『いわし、あじ、さば』と限定し、これを漁業許可の内容とするという形式で許可がなされたものと解するのが相当である」(三四頁)と説示し、また、同六項において、本件漁業許可の内容を争う弁護人の主張に対し、「本件(漁業)許可が農林水産省(原判決に「農林水産大臣」とあるのは誤記と認める)告示による許可枠のもとに出された大分県告示に基づきなされた『いわし、あじ、さば』の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可申請に対してその許可がなされただけであ」る(五一頁)と説示しているところ、中型まき網漁業については、漁業法六六条一項において、「船舶ごとに都道府県知事の許可を受けなければならない」とされているから、原判決の右各説示は、本件漁業許可の内容が「いわし、あじ、さば」の採捕を目的として中型まき網漁業を営むことに限定されており、本件で被告人らが採捕した「いさき」については、大分県知事から被告人〓太郎に対し、その採捕を目的とする中型まき網漁業の許可は与えられておらず、したがって、被告人らが「いさき」の採捕を目的として中型まき網漁業を営むことは禁止されていたとの趣旨をも併せ判示したものと理解できるから、原判決に、所論主張のような判断遺脱ないし理由不備があるとは解されない。論旨は理由がない。
第二 控訴趣意書第一点及び第二点(本件漁業許可の内容に関する事実誤認あるいは解釈の誤りの主張)について
所論は、要するに、本件漁業許可は、それが、農林水産省告示により船舶の隻数及び合計総トン数の最高限度を定められた「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可を含むものであるとしても、漁法としての中型まき網漁業の許可をも包含する趣旨と解されるから、右許可の内容が「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可に限定され、それ以外の魚種の採捕を目的として中型まき網漁業を営むことは禁止されていたと認めた原判決には、事実の誤認あるいは解釈の誤りがある、というのである。
しかしながら、原判決挙示の関係証拠及び当審における事実取調べの結果によれば、本件漁業許可は、「いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろ」の採捕を目的とする中型まき網漁業の船舶の隻数及び合計総トン数の最高限度を定めた昭和六〇年八月二四日付け農林水産省告示第一三六四号(大分県林業水産部魚政課長作成の回答書・原審甲第七七号中の一九八八丁のものはその写し)を受けて、大分県知事が、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可又は起業の認可に限るとの限定を付したうえで、その申請期間を告示した同年七月一六日付け大分県告示第九一七号(大分県林業水産部魚政課長作成の回答書・原審甲第七六号中の一九七七丁のものはその写し、以下「本件大分県告示」という)に基づき、被告人〓太郎が、同県知事に対してした同年九月二七日付け中型まき網漁業の許可申請(大分県林業水産部魚政課長作成の回答書・原審甲第七九号中の「中型まき網漁業許可申請書」写し・二〇一〇丁参照)に対し、同県知事が同年一〇月二九日付けでした中型まき網漁業の許可(大分県林業水産部魚政課長作成の回答書・原審甲第七八号中の一九九九丁のものは許可台帳の写し)であって、その経緯に照らすと、本件漁業許可の内容は、被告人〓太郎に交付された「中型まき網漁業許可証」(海上保安官作成の謄本等作成報告書・原審第一号中のものはその写し、以下「本件漁業許可証」という)の「漁業種類」欄における「いわし・あじ・さばまき網漁業」との記載によって、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限定されていたと認められるのであり、したがって、被告人〓太郎は、「いわし、あじ、さば」以外の魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業については、同県知事から、何らの許可も受けていなかったから、被告人らが本件において「いさき」を採捕したのは、本件漁業許可の内容に違反すると解される。それゆえ、これと同旨の原判決が、本件漁業許可の内容に関し、事実を誤認し、あるいは解釈を誤ったものとは考えられない。
以下、所論にかんがみ、敷衍する。
一1 所論は、まず、漁業法六六条一項は、単に「中型まき網漁業……を営もうとする者は、船舶ごとに都道府県知事の許可を受けなければならない」とし、また、同条三項に基づく農林水産省告示は、都道府県知事が中型まき網漁業の許可をすることができる都道府県別の船舶の隻数及び合計総トン数の最高限度を定めたにすぎないものであって、これらは、都道府県知事が中型まき網漁業の許可をすることができる魚種を「いわし、あじ、さば」に限定する根拠となるものではなく、また、本件大分県告示も、農林水産省告示を受けた「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業が、大分県漁業調整規則(以下「本件規則」という)二五条三項により定数漁業とみなされるため、大分県知事が、同規則八条二項に基づいて中型まき網漁業の許可の申請期間を定めたもので、本件大分県告示の但書は、単なる注意的な記載にすぎないから、これによって本件漁業許可が「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限定されるものではない旨主張する。
2 漁業法六六条一項及び二項によれば、中型まき網漁業とは、総トン数五トン以上四〇トン未満の船舶によりまき網を使用して行う漁業(指定漁業を除く)をいい、船舶ごとに都道府県知事の許可を受けなければ営むことができない法定知事許可漁業とされているところ、現行の漁業法(昭和二四年法律第二六七号)が制定、施行された当初は、同条に相当する規定は置かれておらず、中型まき網漁業に対する規制は、同法六五条一項に基づいて都道府県知事が定める規則等の規制に委ねられていた。その後昭和二六年法律第三〇九号により、現行漁業法六六条に相当する六六条二が設けられ、昭和三七年法律第一五六号により、都道府県知事の許可対象となる中型まき網漁業に係る船舶のトン数がそれまでの「六〇トン未満」から「四〇トン未満」に変更されるなどしたうえで、六六条として整備されたものである。したがって、このような立法の経過に照らせば、都道府県知事が、中型まき網漁業の許可をするに当たり、一定の制限を加える場合には、同法六五条一項に基づき制定された規則の趣旨に従って行うべきものと考えられ、大分県知事が、中型まき網漁業の許可をするに当たって、本件で問題となっているような魚種制限をするについては、本件規則一条の趣旨に則り、「大分県における水産資源の保護培養、漁業取締りその他漁業調整を図り、あわせて漁業秩序の確立を期す」目的に従って行われるべきであると解される。そして、後述するとおり、本件漁業許可における魚種制限は、同規則に従い、その趣旨に則って行われたものと解することができるから、本件漁業許可において魚種制限をする根拠がないとはいえない。
3 次に、漁業法六六条三項は、「主務大臣は、漁業調整のため必要があると認めるときは、都道府県別に第一項の許可をすることができる船舶の隻数、合計総トン数若しくは合計馬力数の最高限度を定め……ることができる」と規定しており、関係証拠によれば、農林水産大臣は、同条項に基づき、毎年、中型まき網漁業について都道府県知事が許可できる都道府県別の船舶の隻数及び合計総トン数の最高限度を定める農林水産省告示を出していることが認められる。そして、右告示には、備考として「この表は、当該都道府県の区域内に主たる漁業根拠地を有する船舶であって、いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろの採捕を目的とする中型まき網漁業に係るものについての最高限度を定めたものである」との記載が付けられているが、それは、右農林水産省告示があくまでも「いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろ」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可に関するものであって、それ以外の魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業については、何ら触れる趣旨ではないと認められる(検察事務官作成の「大分県漁業調整規則違反被告事件に関する文書の入手について(報告)」と題する書面・当審検二一号中の平成二年一一月二二日付け水産庁長官発大分県知事宛の文書の写し参照)。したがって、右農林水産省告示から、直ちに大分県における中型まき網漁業の許可に魚種制限がなされていると速断することができないことは、所論指摘のとおりである。しかしながら、農林水産省告示を受けた都道府県知事は、漁業法六六条一項に基づく中型まき網漁業の許可権限により、右告示に記載された魚種だけに限って中型まき網漁業の許可を与えるか、また、右告示に記載された魚種の一部に限定して中型まき網漁業の許可を与えるか、更にまた、他の魚種をも含めて中型まき網漁業の許可を与えるかについて、同法六五条に基づき制定された規則の趣旨に則り、各県の状況に応じて、裁量により決定することができると解されるから、結局、本件漁業許可に魚種制限があるかどうかは、大分県知事のした本件大分県告示の内容及び被告人〓太郎に交付された本件漁業許可証の記載内容に従って決せられるものと解される。
4 そこで、大分県知事が、本件漁業許可を含む、昭和六〇年一一月一日から同六三年一〇月三一日までの期間、同県内に主たる漁業根拠地を有する船舶について中型まき網漁業の許可を与えるために出した本件大分県告示をみると、同告示には、但書として、「この申請は、……いわし、あじ又はさばの採捕を目的とするものに限る」との文言が記載されているうえ、当時、大分県林業水産部漁政課において同告示に関する実務を担当していた
中西篤の原審証言(特に、第七回公判八二ないし八四項、第八回公判九九ないし一〇三項等)等の関係証拠によれば、同告示の但書は、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限定して許可を与える趣旨で記載されたものと認められるから、同告示に基づきなされた本件漁業許可は、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限って許可が与えられただけであって、それ以外の魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可は与えられていなかったものと解される。したがって、同告示の但書を単に注意的な記載にすぎないとする所論は採用できない。
5 ところで、所論は、昭和五一年までの中型まき網漁業許可証の漁業種類欄には単に「きんちゃく網漁業」としか記載されていなかったことからすれば、本件大分県告示の但書が本件漁業許可の内容を制限するとは解されない旨主張するところ、植野剛朋の海上保安官に対する供述調書(原審検八一号、特に、二〇六三丁の一覧表参照)等の関係証拠によれば、中型まき網漁業の許可の申請期間を公示した大分県告示においては、昭和四八年の告示から、但書として「いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろの採捕を目的とするものに限る」との記載がなされるようになり、その後、昭和五四年の告示からは、「かつお、まぐろ」の採捕を目的とするものをも外し、本件大分県告示と同じ文言が記載されるようになったこと、他方、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載は、昭和五一年までは、「きんちゃく網漁業」であり、昭和五四年から、本件漁業許可証と同じ、「いわし、あじ、さばまき網漁業」とされるに至ったことが認められる。したがって、昭和四八年及び同五一年においては、大分県告示の内容と中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載内容とが齟齬していたことは、所論指摘のとおりである。しかし、それは、中型まき網漁業の許可権限を有する大分県知事が、「いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろ」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限って許可を与える意思で、前記のような但書を付した大分県告示を出したものの、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に、単に「きんちゃく網漁業」と記載して、中型まき網漁業により採捕できる魚種を「いわし、あじ、さば、かつお、まぐろ」と限定していなかったために、同県知事の意思が不明確なものとなってしまい、その法的効果に疑義が生じてしまったにすぎないと解される。これに対して、本件漁業許可については、大分県知事が「いわし、あじ又はさば」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可を与える意思で、但書を付した本件大分県告示を出したうえ、本件漁業許可証の漁業種類欄においても「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載してその意思を明確に表示しているのであるから、これを昭和五一年以前の場合と同列に論じることはできず、所論は採用できない。
二1 次に、所論は、大分県においては、昭和五一年までは中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に「きんちゃく網漁業」としか記載されていなかったことからすれば、その後明確かつ合理的な理由のないまま、本件漁業許可証の漁業種類欄に「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載されるようになったからといって、本件漁業許可に魚種制限があると解することはできないし、また、本件漁業許可を受けるに当たって、被告人〓太郎が大分県知事に提出した中型まき網漁業許可申請書の漁業種類欄には「きんちゃく網漁業」と記載されていることからすれば、本件漁業許可は、中型まき網漁業そのものを許可したものと解すべきである旨主張する。
2 まず、大分県における中型まき網漁業の許可手続きの変遷についてみると、植野の前記供述調書(原審検甲八一号)、大分県林業水産部魚政課長作成の各回答書(原審検甲七六ないし七九号)、同県知事作成の漁業許可証(原審弁一七号証・二一六二丁)等の関係証拠によれば、同県においては、昭和四二年に漁業法六五条の手続きに従って本件規則が制定、施行され、それ以後の中型まき網漁業の許可については、同法六六条三項に基づき農林水産大臣が行う農林水産省告示を受けて、本件規則八条二項により、中型まき網漁業の許可等の申請期間が大分県告示として大分県報で公示され、これに基づき提出された中型まき網漁業の許可申請に対して、その許可がなされるようになったこと、そして、これらの大分県告示及び中型まき網漁業許可証の形式の変遷をみると、大分県告示については、昭和四二年及び同四五年においては、単に申請期間だけが規定されていたが、昭和四八年からは、申請期間のほか、但書として「この申請は、大分県内に主たる漁業根拠地を有する船舶であって、いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろの採捕を目的とするものに限る」との文言が挿入され、更に昭和五四年には、但書が「この申請は、大分県内に主たる漁業根拠地を有する船舶であって、いわし、あじ又はさばの採捕を目的とするものに限る」と改められ、また、本件規則一〇条、第五号様式により交付される中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載については、昭和四二年から同五一年までは「きんちゃく網漁業」とされていたが、昭和五四年からは「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載されるようになったこと、なお、同規則八条一項、第四号様式による中型まき網漁業許可申請書には、「漁業種類」欄のほか、「漁獲物の種類」欄が設けられており、その形式は昭和四二年以来変更はないこと、他方、本件規則が制定された昭和四二年以前の実態は必ずしも明らかでないが、「漁協許可証」の漁業名称欄には、「たき入れあぐり網漁業」とか「きんちゃく網漁業」「いわし焚入巾着網漁業」とかの地方名称が記載され、漁獲物の種類欄に「いわし、あじ、さば」「いわし、あじ、さばその他」との記載がなされていたことがそれぞれ認められる。
3 ところで、大分県における中型まき網漁業の許可についての大分県告示及び中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の各記載が変更されたのは、次の理由によるものと認められる。すなわち、中西の原審証言(特に、第七回公判一〇一ないし一〇九項等)植野の前記供述調書(原審検甲八一号)等の関係証拠によれば、昭和四八年の大分県告示については、同告示が、農林水産省告示を受けて出されていることを明示する趣旨から、農林水産省告示と同じ文言を但書に記載するようになったものであり、また、昭和五四年の大分県告示から、但書の記載が「いわし、あじ、さば」とされたのは、既に当時大分県海域では「かつお、まぐろ」が採捕できなくなっていたので、昭和五一年の同告示の但書に付けられていた魚種の中から「かつお、まぐろ」を削ったためであること、他方、昭和五四年の中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載が、それまでの「きんちゃく網漁業」から「いわし・あじ・さばまき網漁業」に変更されたのは、昭和五一、二年ころから、漁業設備、特に魚群探知機の発達により、中型まき網漁業の許可を受けた漁船の中に、中型まき網で太刀魚の採捕を目的として操業するものが出てきて、一本釣りの漁業従事者から苦情が寄せられたため、両者の調整を図る必要から、中型まき網漁業の許可を受て操業できるのは「いわし、あじ、さば」の採捕を目的として行う場合に限られている趣旨をより明確にする意図であったことが認められる。そして、その実質的な根拠は、当時、「まき網漁業」ないし「きんちゃく網漁業」といえば、一般に「いわし、あじ、さば」という浮き魚の採捕を目的とする漁業であると認識されていたうえ、中型まき網漁業においては、従来からそのようなものとして操業が行われてきており、その結果、一本釣り漁業をはじめとする他の漁業との調整が図られてきていたこと、また、「まき網漁業」は、網に入った魚を一網打尽に取り尽くすことができる効率的な漁法であり、そのような「まき網漁業」を営む者が、それまで採捕の目的としていた浮き魚以外のものを狙って操業するならば、一本釣りのように非効率的な漁法により生活を営んでいた漁業従事者の生活を脅かす恐れが大きいこと、したがって、大分県における漁業従事者全体の利益という点からすれば、中型まき網漁業の許可の内容を従来どおり「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とするものに限定し、一本釣り漁業などの他の漁業との共存共栄を図っていく必要があったからと考えられる。
4 ところで、大分県知事が、中型まき網漁業の許可をなすに当たって、魚種制限を加えるためには、前述したように、本件規則一条の趣旨に則り、「大分県における水産資源の保護培養、漁業取締りその他漁業調整を図り、あわせて漁業秩序の確立を期することを目的」として行われるべきであると解されるところ、水産資源の保護培養のために魚種制限を行う場合には、その概念からして、魚種制限の対象となる魚種ごとにその保護培養を図る必要があるかどうかを個別的に検討する必要があると考えられるけれども、漁業取締りその他漁業調整を図る場合には、複数の漁業従事者が一つの魚種を奪い合うことを防ぐ場合だけでなく、それぞれの漁法の持つ特性等を考慮して、特定の漁法については特定の魚種の採捕しか認めないとして、漁業従事者全体の利益保護を図る場合も考えられるのであるから、特定の漁法に関して魚種制限をするかどうかを個々の魚種ごとに個別的に検討しなければならないとまではいえない。むしろ、魚業においては、漁場の平面的な利用だけでなく、立体的な利用をも念頭において、魚業従事者全体の共存共栄のために各漁法の従事者間の調整を図っていく必要があるといわなければならない。そして、中型まき網漁業は網に入った魚を大量かつ根こそぎ採捕することができるという極めて効率的な漁法であること、従来、まき網漁業は、「いわし、あじ、さば」などの浮き魚を対象として営まれてきたことを併せ考えると、大分県が中型まき網漁業の許可を与える対象として「いわし、あじ、さば」の採捕を目的としたものに限るとしたことが、合理性を欠くとはいえない。そして、このような見地からすれば、大分県知事が、昭和五四年の中型まき網漁業の許可を「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とするものに限定し、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載して、中型まき網漁業の許可に魚種制限のあることを明確にしたことに合理的な根拠がなかったということはできず、所論は採用できない。
5 また、本件漁業許可を受けるに当たって、被告人〓太郎が大分県知事に提出した中型まき網漁業許可申請書の漁業種類欄の記載が「きんちゃく網漁業」となっていることは所論指摘のとおりであるが、同申請書にある漁獲物の種類欄には、「いわし、あじ、さば」との記載があること、右申請が、但書に「いわし、あじ又はさばの採捕を目的とするものに限る」との記載のある本件大分県告示に基づきなされていることを併せ考えると、右申請書は、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とした中型まき網漁業に限定して許可の申請をする趣旨と理解することもでき、そうだとすれば、本件漁業許可との間には何らの齟齬もないことになる。また、仮に右申請書が、魚種制限のない中型まき網漁業の許可の申請をする趣旨のものであったとしても、同被告人に交付された本件漁業許可証の漁業種類欄には、明確に「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載されているのであるから、右申請書の漁業種類欄に「きんちゃく網漁業」としか記載されていなかったからといって、本件漁業許可を、何ら魚種制限のない中型まき網漁業の許可を与えたものと解すべき必然性はない。なお、この点について、所論は、漁業許可の申請内容と許可内容とは一致するはずである旨主張するところ、当審における濱本幸生の証言によれば、行政庁においては通常、漁業許可の申請内容が許可の内容と齟齬するときには、両者を一致させるような指導が行われていることが認められる。しかし、それは、あくまでも行政庁における通常の処理方法であるというにすぎないのであって、大分県知事としては、魚種制限のない中型まき網漁業の許可を求めてきた申請に対し、その一部である「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限って許可を与えることもできると解される。そうすると、結局、被告人〓太郎作成の中型まき網漁業許可申請書の漁業種類欄の記載から、本件漁業許可の内容を決定することはできないといわざるを得ず、所論は採用できない。
三1 また、所論は、漁業法六六条一項によれば、中型まき網漁業においては、本来船舶ごと、漁業ごとに許可の申請をし、その許可を受ければ足り、漁業種類ごとに許可を受ける必要はないから、本件漁業許可に基づく中型まき網漁業許可証の漁業種類における魚種の表示は、同条三項に基づく農林水産省告示を受けた魚種の採捕をも認める趣旨にすぎず、本件漁業許可は、中型まき網漁業としての包括的一般的な許可をも含むものとして理解すべきである旨主張する。
2 しかしながら、漁業法六六条一項が中型まき網漁業を一つの漁業として定めているとしても、それが絶対的な区分であると解する必然性はない。すなわち、大分県知事は、同法六五条により与えられた権限に基づき本件規則を制定しているところ、同規則一五条は、許可の内容となる漁業種類を「当該漁業を魚種、漁具、漁法等により区分したものをいう」と定義しており、それは、本来一つの漁業であっても、魚種、漁具、漁法等により、更に複数の魚業に区分することができることを当然の前提にしているものと考えられる。例えば、同規則七条において、知事許可漁業として掲げられているものの中には、さし網漁業(七号)と固定式さし網漁業(八号)とがあるが、それはさし網漁業を更に漁法により区分したものであり、また、いかたま漁業(一一号)とかにたま魚業(一二号)は魚種により漁業を区分したものと考えられるのであって、本件規則は、このように一定の魚業を細分化したものをそれぞれ独立した魚業と解しているものと解される。また、実際にも、特定の魚種、漁具、漁法等により区分した漁業ごとに別個の許可を与える必要がある事例もあり得ることからすれば、もともとは一つの漁業であった中型まき網漁業についても、これを魚種、漁具、漁法等により、更に複数の魚業として区分し、それぞれ別個の許可を与えることもできると解される。そして、このように魚種、漁具、漁法等により区分された漁業種類ごとに別個の許可を出せる以上、その許可手続きを常に同一の手続き内で同時に行わなければならないと解する必要はない。
3 ところで、関係証拠によれば、大分県においては、中型まき網漁業の許可としては、同時に本件規則五〇条による特別採捕許可をも必要とする「ぶり稚魚一そうまき網漁業」を除けば、本件で問題となっている「いわし、あじ、さばまき網漁業」の許可した存在しないことが明らかである。所論は、この点をとらえ、このような場合の「いわし、あじ、さばまき網漁業」の許可は、農林水産省告示の枠を受けた「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業としての許可と同時に、右告示では格別触れられていない「いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろ」以外の魚種についての中型まき網漁業の許可が与えられていると考えるべきである旨主張する。しかし、漁業法六六条一項により大分県知事に与えられている中型まき網漁業に関する許可権限の行使については、前述したとおり、同法六五条を受けて制定された本件規則一条の趣旨による制限があるだけであって、水産資源の保護培養、漁業取締りその他漁業調整を図る必要さえ認められれば、同県知事は、裁量により、種々の方法でもって右許可権限を行使することができると解されるから、一般には「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とした中型まき網漁業の許可だけを与えておき、それ以外の魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業については、個々の申請をまって適宜検討するという取扱いも許されると解される。
4 なお、この点に関連して、弁護人は、弁論において、中型まき網漁業は、本件規則二五条により定数漁業となるから、大分県知事による申請期間の告示がない以上、「いさき」の採捕を目的とする中型まき網漁業の許可を得ることはできなくなってしまい、原判決の結論は不当である旨主張する。しかしながら、漁業法六六条三項に基づく農林水産省告示により、都道府県別に許可できる中型まき網漁業の船舶の隻数及び合計総トン数の最高限度が定められた場合に、それが定数漁業とみなされることは、本件規則二五条三項が定めているところであるが、その際、右告示により、船舶の隻数等の最高限度が定められていない「いわし、あじ、さば、かつお又はまぐろ」以外の魚種の採捕を目的とする中型まき網漁業の全てが定数漁業になると解すべき必然性はなく、所論は独自の見解にすぎない。すなわち、所論が主張する根拠として挙げる申請期間の告示や漁業の許可等が「漁業」単位で行われる点についていえば、規則一五条の漁業種類は、「当該漁業を魚種、漁具、漁法等により区分したもの」であり、それは、既に述べたように、一個の漁業になると解されるからである。したがって、中型まき網漁業は全て定数漁業であるとの前提に立ったうえで、るる主張する所論は、採用できない。
四1 更に所論は、「いわし、あじ、さば」は、中型まき網漁業において採捕する代表的な漁獲物であるから、本件漁業許可に基づき交付された中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に記載されている「いわし・あじ・さばまき網漁業」は、中型まき網漁業一般を指すと解釈すべきであり、そのように解する県もある旨主張する。
2 しかしながら、本件漁業許可が、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限定する趣旨で出されたものであると認められることは既に述べたとおりである。
3 ところで、九州、四国各県のうち、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に魚種名を冠して漁法を記載している場合、それを魚種制限と解しているかどうかは、大分県における漁業種類の記載を解釈するうえで参考となる。そのような趣旨から、九州、四国各県の状況を検討するに、関係証拠によれば、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に特定の魚種名を冠して許可を与えている県のうち、福岡県、長崎県及び熊本県は、中型まき網漁業により目的として採捕できる魚種を限定した趣旨と理解し、徳島県、愛媛県及び高知県は、中型まき網漁業で採捕する主たる漁獲対象魚種を記載した趣旨と理解し、宮崎県は、漁業種類欄の「一そうまきいわし巾着網漁業」の記載(但し、本件当時のもので、平成三年一〇月現在では「一そうまききんちゃく網漁業」と記載)は一般的な名称であって、それ自体に魚種限定の意味はないと理解しているものと考えられる(ちなみに、山口県においては、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に「いわし、あじ、さばの採捕を目的とする一そうまき網漁業」等と記載して、その趣旨を明確にしている)。このように、大分県と同様、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に魚種名を冠して漁法を記載する取扱いをしている県の解釈は必ずしも統一されているわけではない(なお、原判決は、中型まき網漁業の許可の内容として、魚種制限があるかどうかの観点から四国・九州各県の状況を判示しており、所論は、その認定、判断を争っているが、そもそも、中型まき網漁業の許可をするに当たって、各都道府県知事は、各県の実情に応じて、中型まき網漁業の許可の内容として魚種制限をするかどうかを判断するのであるから、単に四国・九州各県における中型まき網漁業の許可内容として魚種制限があるかどうかを一般的に検討しても、さして意味があるとは考えられない。したがって、これを争う所論も、結局、大分県における中型まき網漁業の許可内容に関する解釈を左右する主張とは解されない)。
4 しかしながら、中型まき網漁業の許可において魚種制限をするかどうか、それを行う場合に如何なる形式によるかは、各都道府県知事が、漁業法六五条の趣旨に則り、裁量により定め得る事項であり、大分県のように中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載することによって、目的として採捕することのできる魚種を限定する方法も、後述するとおり、許容されると解される。そして、右のような方法により魚種制限をした場合の効力に関しては、それが及ぶ範囲が当該県の海域に限定されていることからすれば、右許可を受けて当該海域において中型まき網漁業を営む漁業従事者に対し、右のような形式において魚種制限がなされている趣旨を明確にすれば足りると解される。なぜなら、もともと本件規則は、大分県の規則として制定されたものであるから、その趣旨を全国民に周知徹底させる必要はなく、また、魚種制限をする場合には全国一律に同じ方法によらなければならないとも解されないからである。
5 そして、この点を大分県についてみると、昭和五四年において、大分県告示及び中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載により、中型まき網漁業の許可については、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的としたものに限定する趣旨が明確にされたとはいえ、その当時、大分県林業水産部魚政課において、右許可を受けた漁業従事者に対し、その趣旨を説明するなどしたことを窺わせる証跡はない。しかしながら、本件漁業許可においては、大分県知事が昭和六〇年一〇月二九日付けで被告人〓太郎に与えた中型まき網漁業の許可(その有効期間は、同年一一月一日から昭和六三年一〇月三一日まで)が問題になっているところ、関係証拠によれば、大分県においても、昭和五九年ころから、瀬網を使っていさき、ぶり、たい等を採捕する中型まき網漁業を営む漁船の操業が問題となり、また、同年秋には、四国の宿毛湾で中型まき網漁業を営む漁船がたい等を採捕して検挙されるという事件が発生したことを契機に、同年一〇月二四日付けで「中型まき網漁業の違反操業の禁止について」と題する文書(原審検甲第三一号・四五四丁)が、大分県林業水産部長から大分県旋網漁業協同組合長に宛てて出され、右組合長は、そのころ右文書のコピーを各中型まき網漁業の従事者に配布したこと、右文書には、「中型まき網漁業の許可対象(いわし、あじ、さば)となっていない、たい、いさき等の採捕を目的とした操業により、他種漁業との紛争が生じており、このような違反操業が行われることは真に遺憾なことである」との記載があることが認められるから、少なくとも、本件漁業許可においては、その許可証の漁業種類欄に「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載されている趣旨が、中型まき網漁業の許可を「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とするものに限定するためのものであって、それ以外の魚種の採捕を目的として中型まき網漁業を営むことは許可の内容に違反することを、許可を受けた漁業従事者に周知させる手続きが採られたものと認められる。また、その後も、被告人らが本件犯行に及ぶまでの間に、何度か右趣旨を徹底するための指導が行われてきていたこと、そして、本件漁業許可は、右文書が右組合長に宛てて出された直後のものであることを併せ考えるならば、本件漁業許可については、大分県知事が予定していた中型まき網漁業の許可内容、すなわち右許可は「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限定して許可するものであるとの趣旨は、被告人らを含む中型まき網漁業の従業者に対して、明確にされていたものと認められるから、その効力を否定することはできない。
6 なお、この点に関連して、弁護人は、弁論において、中型まき網漁業において魚種制限を行う場合の根拠規定は、漁業法六五条であるから、その制限は、同条に基づき制定された本件規則において直接規定するか、同規則一四条による制限又は条件により行われなければならず、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載によって魚種制限をすることはできないし、また、中型まき網漁業を許可制にした目的は着業数の制限にあるから、漁業種類において区分する場合には、着業数を制限する必要のあるもののみを区分すれば足り、漁業種類として取り込まれたそれ以外の魚種に対する規制効果は生じないと解すべきである旨主張する。
7 漁業法六六条の立法経過からすれば、中型まき網漁業に関して魚種制限を行う場合には、同法六五条の趣旨に則って行われなければならないと解されることは、既に述べたとおりであるが、そうだからといって、魚種制限が同条に基づき制定された規則自体により行われなければならないわけではなく、同規則が許容している手続きに従って行うことは当然許されると解される。そして、その方法としては、本件規則一四条に基づき制限又は条件を付すことによりできることは所論指摘のとおりであるが、必ず同条によるべきであるともいえず、本件漁業許可のごとく、同規則一五条に従い、漁業種類に魚種名を冠して行うことも許されると解される。なぜなら、同条は、特定の漁業を、魚種により更に区分し、許可の内容とすることができることを当然の前提としているうえ、このようにして区分された漁業の許可については、当該魚種の採捕を目的とした場合に限って一般的な禁止を解除する効果を生じさせることもできると解されるからである。したがって、同条の漁業種類により魚種制限をすることができないと主張する所論は採用できない。
8 次に、漁業法六六条三項の立法趣旨が、農林水産大臣に中型まき網漁業に係る船舶の着業数を制限する権限を与えるためのものであったことは所論指摘のとおりである。しかし、そうだからといって、都道府県知事が、中型まき網漁業の許可をするに当たって、魚種制限ができないとは解されない。なぜなら、都道府県知事は、水産資源の保護培養や漁業取締りその他漁業調整を図る目的のためには、着業数の制限だけでは十分でなく、魚種制限を必要とすると判断した場合には、魚種制限もできるとして、その弾力的な運用を認めないと、右目的を十分に達成することが困難になる事態も考えられるからである。そして、そのような場合に、本件規則一五条の漁業種類に魚種名を冠する方法で魚種制限をすることができることは、既に述べたとおりであって、この点に関する所論も採用できない。
五1 次いで所論は、都道府県知事が、罰則を伴う制限を行うことができるのは、漁業法六五条一項に基づくものであるから、それは海区漁業調整委員会の意見聴取などの手続きを踏む必要があり、そのような手続きを踏まないで行われた魚種制限は無効である旨主張する。
2 確かに、本件の全証拠を検討しても、大分県において、これまで中型まき網漁業で採捕できる魚種を「いわし、あじ、さば」に限定するについて、所論指摘の措置が採られたことを窺わせる証跡はない。しかし、漁業の許可の法的性質は、講学上、法令により一般的に禁止されている行為を特定の場合に解除し、適法に行うことができるようにする行為であるうえ、特に本件規則九条は、中型まき網漁業の許可を含め、同規則に基づく漁業の許可については、原則として三年の有効期間を定めているから、右期間経過後の許可は、許可の更新ではなく、あくまでも新規の許可と解さざるを得ない。そして、同規則三二条においては、漁業の許可を受けた有効期間内に許可の内容を変更する場合には、海区漁業調整委員会の意見を聞き、許可を受けた者又はその代理人に公開の聴聞において弁明する機会等を与えなければならないなどの手続きが規定されているが、新規の許可を与える場合については、そのような趣旨の規定は置かれていない。確かに、中型まき網漁業を含め、漁船や網等を使用して行う漁業については、当該漁業を始めるに当たって巨額の資本を投下するなどしていることからすれば、新規の許可において従来の許可の内容を変更することは、それまで許可を得ていた漁業従事者の利益に重大な影響を及ぼすものであるから、許可の有効期間中における許可内容の変更の場合に準じた慎重な手続きを採るのが相当であると考えられる。しかし、そうだからといって、本件規則が、新規の許可について、そのような手続規定を置いていない以上、大分県知事が、右のような手続きを採ることなく、従来の許可の内容を変更したうえで新規の許可を与えたとしても、そのことゆえに、変更された許可の内容が違法であるとは解されない。のみならず、本件漁業許可は昭和六〇年一〇月になされたものであるところ、既に述べたように、大分県における中型まき網漁業の許可については、昭和五四年において、同県告示に「いわし、あじ又はさばの採捕を目的とするものに限る」との但書が付されたうえ、中型まき網漁業許可証の漁業種類欄にも「いわし・あじ・さばまき網漁業」との記載がなされて、その許可内容が「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とするものに限る趣旨であることが明示されるようになり、その後本件漁業許可までの間に、昭和五七年にも同様の措置が採られていたことをも併せ考えると、本件漁業許可において、それまでの形式を踏んだうえで「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限って許可を与えたことが、無効になるとは考えられない。したがって、この点に関する所論も採用できない。
六1 更に所論は、以下に掲げるような文書等は、従前、大分県では中型まき網漁業の許可に魚種制限が加えられていなかったことを示すものである旨主張する。
しかし、弁護人が指摘する文書等の多くは、いずれも本件漁業許可が問題となる昭和六〇年一〇月以前のものであり、それらは、大分県知事が、昭和五四年に大分県告示及び中型まき網漁業許可証の漁業種類欄の記載によって、中型まき網漁業の許可は「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とするものに限るとの趣旨を明確にしたにもかかわらず、大分県林業水産部漁政課においては、その趣旨を中型まき網漁業の許可を受けた漁業従事者等に十分周知徹底させていなかったという事実を物語るものではあっても、同県林業水産部長が、本件漁業許可がなされた直前の昭和六〇年一〇月二四日ころに、前記「中型まき網漁業の違反操業の禁止について」と題する文書を大分県旋網漁業協同組合長宛に出し、更に同組合長がそのコピーを中型まき網漁業従事者に対して配布するなどして、本件漁業許可の内容が「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に限定して与えられた趣旨であることを周知させた事実を否定するものでない。したがって、所論指摘の文書等の存在が、本件漁業許可の効力を否定する根拠になるとは考えられない。以下、各文書等について、若干補足する。
<1> まず、荻田征男の大分地裁平成二年(わ)第二八号被告事件での証人尋問調書(特に、第一〇回公判二三四ないし二五一項等、以下「荻田の別件証言」という)等の関係証拠によれば、中型まき網漁業漁獲成績報告書(原審弁八号証・一八三七丁)は、昭和五二年ころ、二〇〇海里問題が起こった際、日本近海における実際の漁獲実績を調査する目的で、国から各県に模範例を示して調査の依頼があり、大分県においても、右依頼に基づき模範例をそのまま利用してその調査を実施したものであり、その際、報告書の記載内容を徴税や処罰など他の目的に使用しないとの約束で各漁業従事者に協力を求めていたことが認められ、右事実によれば、右報告書中に漁獲物として「ぶり」や「きびなご」などを記載する箇所があったとしても、そのことが所論を裏付ける事情になるとはいえないし、また、中型まき網漁業の従事者がそれらの漁獲量を右報告書に堂々と記載して大分県に提出しても同県から格別の指導がなかったとの点も、本件漁業許可に魚種制限があると解することと矛盾するわけではない。
<2> 大分県佐伯事務所水産課発行の昭和六二年度高齢者活力促進事業報告書(原審弁一四号証・一八三六丁)、荻田の別件証言(特に、第一一回公判一九一ないし二〇四項等)等の関係証拠によれば、右報告書は大分県林業水産部振興課の事業に基づき作成されたもので、同部漁政課は関与していないこと、しかも、その内容は、同県南海部郡米水津村における漁業の歴史を概観したもので、まき網漁業について論じた箇所はわずかであること、しかも、そこでは、大中型まき網漁業と中型まき網漁業の区別をしないまま論じていることからすれば、所論が指摘する箇所は、まき網漁業一般について述べたにすぎないものと認められる。したがって、右報告書に、中型まき網漁業の魚種制限についての記述がないからといって、本件漁業許可に魚種制限を認めることの妨げになるとは考えられない。
<3> 阿南尤雄著「育てる海―漁業制度からみた大分県漁業」(原審弁一五号証・一九四四丁)は、長く漁業調整委員会の事務局に勤めていた著者が昭和五九年五月に出版した書物であり、しかも、同書の「はしがき」にもあるように、同書は「漁場利用関係を踏まえた漁業制度の成立の経過を明らかに」することに力点を置いたもので、まき網漁業については、同委員会が関与した愛媛県及び宮崎県との入会協定について記述しているものの、まき網漁業に実態等に焦点を当てて論述した箇所はないことからすれば、同書の中に中型まき網漁業に魚種制限があるとの記載がなかったとしても、そのことが、中型まき網漁業の許可内容として魚種制限を認めることの妨げになるとは考えられない。
<4> 増井長吉郎作成の中型まき網漁業漁獲成績報告書(原審弁第九号証・一八三八丁)等の関係証拠によれば、同人は、昭和五九年一〇月当時、漁業協同組合が経営する魚市場に、中型まき網漁業により採捕した「ぶり」や「いさき」だけを持ち込んで売却したが、そのことに対して大分県から格別の指導を受けたことがないと認められるが、それは、大分県の行政指導の姿勢の問題であるうえ、本件漁業許可が与えられる以前のことであることからすれば、右のような事情があったからといって、本件漁業許可に魚種制限を認めることの妨げになるものではない。
<5> 関係証拠によれば、漁業法五二条一項及びこれを受けた昭和三八年政令第六号により大臣許可漁業とされている四〇トン以上の大中型まき網漁業の許可については、何らの魚種制限も行われていないうえ、本件で被告人らが「いさき」を採捕した豊後水道においては、操業区域も中型まき網漁業と重なり合っているため、中型まき網漁業について魚種制限を認めることが、このような大中型まき網漁業とのバランスを失することは、所論指摘のとおりである。しかし、右両者は、許可権限者を異にしているうえ、それぞれの方針に従って許可がなされているため、そのような齟齬が生じているものであるから、大中型まき網漁業に魚種制限がないから、当然に、中型まき網漁業にも魚種制限がないとはいえない。
<6> 大分県佐伯事務所作成の漁業許可現況調査一覧表(原審弁第一六号証・二一五九丁)の許可内容の漁業種類欄には「(地方名称)」と印刷されているが、同表に記載された内容をみると、既に中型まき網漁業許可証の漁業種類欄に「いわし・あじ・さばまき網漁業」と記載されるようになった昭和五四年以降に許可を受けた分についても、「きんちゃく網漁業」と記載されるなどしていることからすれば、右一覧表は、その当時、中型まき網漁業における魚種制限が余り意識されていなかったことを裏付けるものといえる。しかし、そうだからといって、その後に出された本件漁業許可についても同様であるとはいえない。
<7> 当審で提出された各南西東海海域沿岸漁況情報(当審弁第一三ないし一五号)及び被告人〓太郎の当審供述によれば、右各情報は、昭和六〇年一月から三月にかけて、中型まき網漁業を営む漁船が、「いわし、あじ、さば」以外の魚の採捕を目的として操業していたことを示すものであるというのであるが、右各情報からそのように読み取ることができるのか必ずしも明らかではないうえ、仮にそのとおりであったとしても、それは、本件漁業許可以前のことであるから、右各情報の存在によっても、本件漁業許可に魚種制限があることを否定することはできない。
七 その他、所論がるる主張する内容をもとに検討しても、本件漁業許可の内容は、「いわし、あじ、さば」の採捕を目的とする中型まき網漁業に制限されており、本件で問題となっている「いさき」を含め、「いわし、あじ、さば」以外の魚の採捕を目的として中型まき網漁業を営むことは禁止されていたとした原判決の認定、判断に誤りはなく、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項本文、一八二条により、被告人らの連帯負担とすることとして、主文のとおり判決する。